日本では神の存在について言及すると胡散臭さが伴う。 そのようなこともあってか、長く日本で育った私は一般的な無宗教者として生きている。そんな私だが、人間以外の何かの大きな存在を感じる場所が日本には多くある。宇摩市も例外ではない。その一つが大川にある滝壺である。
大川は、宇摩市の最西部にある、東赤石登山道に沿って流れる関川の上流域にある。 国道からは車で10分足らずと、アクセスは悪くない。宇摩市どの地域にも言えることだが、松山自動車道より南に行くと野生の動物に出会えることがある。多くはサル、シカ、イタチ、ハクビシンだが、ウリ、テンなどもいる。
そのエリアに入り山道をしばらく進むと、大川薬師堂に向かうためのスロープがある。そのスロープ降り、橋を渡ると大きなクスノキがある。昔、夏になると橋の下にある淵でよく子どもたちが遊んでいたそうだ。ヤマメやアマゴがいて、とても気持ちの良い場所であったらしい。最近はそんなところで遊ぶ子どもはいないのか、木々は茂り、川に降りることも難しい。 クスノキの傍を抜け関川を上流に向かうとえん堤がある。そこをさらに上流に向かってしばらく歩く。登山道にある最後の人家を少し過ぎた頃、川に大きな滝壺が現れる。
豊富な水量による瀑音は、それ以外のすべての音を遮る。巨大な一枚岩が水面から顔を出し 滝壺を形作る。川底は真っ暗であり、滝壺の深さを想像させる。側面の岩場の傾斜がきつく、気を抜くと滝壺に引き込まれそうになる。木々が滝壺に被さる様にして、周辺を暗くする。わずかな木漏れ日が水面を照らす。様々な要素がこの空間を幽玄なものにする。
日本にはこのような場所がたくさんあるため勘違いしそうになるが、世界中のどの国でもこのようなものが豊富に見られるものではない。 海外からは「エキゾチック」と表現される日本。それは世界の東の端にある、独特の文化を持つ、異常に発展した国であり、亜熱帯から亜寒帯までの気候を持ち、山と海が近く平野が限られ、急峻な山地が多く、標高の高低差が非常に大きい。そのような環境を土台として創造された独特の文化は彼らに言わせると、どうあれ「エキゾチック」なのである。
この宇摩市は日本の縮図のような場所であるが、既存の資本経済を是とする視点に立つと、宇摩市の未来は明るくない。しかしそれは同時に新しい社会のかたちを他よりも早く作り上げられる可能性を秘めているとも考えられる。今あるものに固執せず、捨てきった先にはまた新しいものが見えてくるかもしれない。
私はその滝を越えて遡上することはせず、脇の崖を上り、山道に出た。山道に出るとすぐ東赤石山への案内看板が見えた。遠くには人家の屋根。
人の気配がした。